北海道大学歯学部口腔診断内科
北海道大学歯学部
口腔診断内科

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腫瘍

一般には臨床像および組織像などから上皮性、非上皮性にわけていますが、口腔領域では、歯原性腫瘍、非歯原性腫瘍、唾液腺腫瘍にわけることが多いです。

歯原性腫瘍を外胚葉性、中胚葉性、混合腫瘍に、非歯原性腫瘍を良性、悪性に、唾液腺腫瘍を上皮性、非上皮性、その他にわけています。

腫瘍は臨床像あるいは組織像から良性、悪性に区別されますが、言い換えれば腫瘍のもつ生物学的な性格と形態学的所見との間には、緊密な相関性が認められています。
しかし、多くの病変のなかには良性、悪性のいずれとも区別されない中間型もあり、またある疾患では、最初に良性腫瘍と思われていたものが、再発を繰り返すうちに、悪性像を示すようになることもあります。

口腔内は齲歯、歯周病など感染性病変が多く、顔面、口腔領域に腫脹する化膿性炎症の起こることがきわめて多くあります。腫瘍に感染し、炎症症状が現れるため、炎症か腫瘍か不明のまま消炎療法が行われ、消炎した後にはじめて腫瘍の存在が認められてくることもあります。

また炎症に基づく組織増殖物が腫瘍様病変を現し、腫瘍と診断することのきわめて困難な場合も経験されます。
腫瘍に化膿性炎症が合併しているような場合には診断の困難なこともあります。しかし白血球数、CRPなどの臨床検査成績や臨床症状、Ⅹ線像などから判別できることが多く、あるいは消炎療法によって炎症が消退した後の診査で、腫瘍の存在が明らかにされる場合もあります。

手術

良性腫瘍では腫瘍の完全除去すなわち摘出術が行われます。患者の全身状態や局所の状態によって手術時期、範囲、方法などが決定されます。術前に審美性や機能を含めての慎重な検討が必要です。

また良性腫瘍といえども、摘出が不完全で、残っていれば再発することは考えられ、再発を繰り返すうちに悪性化することもあるため、完全に除去することを心掛けなければならなりません。
悪性腫瘍では手術療法、放射線療法、薬物療法が行われますが、腫瘍の性質、大きさ、患者の年齢、全身状態によって、それらを単独で行うか、併用して行うかを決定します。

手術的に摘出切除するには、周囲の健康な組織を十分に含めることが必要で、このため手術後の審美的、機能的な障害をきたすことが多くあります。手術対象が顔面のため、とくに考慮しなければなりませんが、審美面を重要視して手術範囲が狭くなってはならず、また手術時に再建手術も多く行われるようになっていますが、再建のため再発の発見が遅れたり、頻回の手術を患者に強いるようなことがないような配慮が必要です。

顎骨内の腫瘍で、摘出手術後に骨折を起こすことが予想される場合には、術前に骨折に対する処置を行いうるような準備が必要です。また顎骨切除による摘出では、手術中に骨移植を行い、咬合機能の保持、顔貌の変形を少なくするような考慮が大切です。

放射線療法

放射線療法は、その腫瘍が放射線に対して感受性の高い場合に行われます。患者の全身状態、年齢などを判断して放射線療法の行われる場合もあり、また手術療法に併用、すなわち、術前あるいは術後に行われることもあります。

放射線療法では、腫瘍細胞のみならず、正常な細胞にも障害を与えるという欠点があり、従来種々対策が考えられていますが、いまだに完全には解決されていません。

薬物療法

抗腫瘍剤として、あるいは免疫賦活剤として程々の薬剤が用いられていますが、腫瘍細胞とともに他の正常組織に障害を与えることもあり、また確実に薬剤だけで完全に治癒させるものも少なく、数剤の併用、あるいは手術、放射線療法と併用されます。

手術、放射線、薬物による療法をいかに上手に組み合せて治療を行い、その成績を向上させるかが臨床上重要です。その選択は慎重に行うべきで、どのような疾患においても最初の処置方針を誤るとその予後に大きな影響を及ぼします。とくに悪性腫瘍においては生命に関わることが多いので、最初の治療計画や処置は綿密に検討しなければなりません。

エナメル上皮腫

歯を形成する織に由来する腫瘍で、顎骨内に発生し、大小の嚢胞を形成するのが特徴的です。本腫瘍は良性腫瘍に属していますが、臨床像は組織像とともに多様で、掻爬や摘出など、その処置方法によってはしばしば再発することが知られています。またきわめてまれですが、悪性の経過をとるものもあります。

臨床的には嚢胞形成の有無により、嚢胞性エナメル上皮腫と充実性エナメル上皮腫とに大別されますが、両者の混在するものがもっとも多く、充実性のものはあまりみられません。組織学的には、実質は上皮成分に類似し、その分化の程度により種々の像を示すので、Ⅰ型、Ⅱ型、Ⅲ型(石川分類)に、あるいは腫瘍の増殖様式を考慮し、叢状型、濾胞型、棘細胞腫型、基底細胞型、顆粒細胞型(WHO分類)に分類されています。歯原性腫瘍では発生率はもっとも高いといわれています。

初診時の年齢別では20歳代がもっとも多く、ついで10歳代、30歳代の順で、幼児、高齢者にはあまりみられません。 発育が緩慢で自覚症状がないため、腫瘍に気づいたときにはその進展範囲はかなり大きく、下顎臼歯部から下顎枝に及ぶものがほとんどで、顎骨の連続切除あるいは顎関節を含む関節離断が行われることになります。

その結果、骨性支持力が失われるため、顎骨欠損に対しては骨移植などを行って、機能的、形態的回復がはかられますが、顔貌の変形および口腔の機能の低下は避けられません。とくに関節離断、前歯部を含む広範な連続切除、顎骨の成長期にある若年者などの場合には多くの問題を抱えます。
このため、顎骨をできるだけ保存するとともに、骨再生による顎骨の修復力を活用する、開窓、摘出、反復処置を基本とする顎骨保存法が行われます。

本腫瘍の治療にあたっては、腫瘍を完全に除去するため、周囲の健常組織を含めた腫瘍の除去を基調とし、腫瘍を完全に除去するとともにできるだけ顎骨を保存し、口腔の形態と機能を維持するように努めなければなりません。

このためには。腫瘍の形態ならびに腫瘍の顎骨に対する増殖様式などを考慮し、単一空洞に開放できる場合には、開窓、摘出、反復処置を、また、腫瘍が部分的に蜂巣状を示し、単一空洞に開放できない場合には、顎骨切除を併用するなど、必要に応じて開窓、摘出、反復処置、顎骨切除などの処置を組み合せ、それぞれの症例にもっとも適した処置法が選択されなければなりません。

(1) 開窓・摘出deflating technique
 エナメル上皮腫では、臨床的腫瘍形態が単胞性あるいは多胞性でも容易に単一空洞にできるものに対しては、腫瘍を含む骨壁の一部を切除して口腔に開放し、腫瘍の縮小と周囲骨組織の修復をはかります。開窓部が閉鎖した場合には再開窓を行い、顎骨の外形が修復された後、適切な時期に腫瘍を摘出します。

(2) 反復処置dredging technique
 顎骨内に発生した腫瘍を摘出または分割除去により腫瘍を除去した後は、骨面は幼若な結合組織で被覆され骨新生がみられますが、この被覆軟組扱が瘢痕化すると骨再生が妨げられます。このため、大きな骨空洞を可及的速やかに修復するためには骨創面を被覆する瘢痕組織を反復除去し、骨再生を促進する反復処置が必要です。

 しかし、エナメル上皮腫の場合にはその腫瘍形態あるいは骨に対する増殖様式などにより、症例によっては、1回の摘出のみでは腫瘍を完全に除去することは困難な場合が多く、腫瘍を完全に除去したと思っても、その後、骨再生を促進するために反復除去した瘢痕組織に、しばしば小さな腫瘍胞巣が認められます。

 したがって顎骨保存法を行う場合には、腫瘍形態、あるいは骨に対する増殖様式などを考慮し、摘出時には周囲の健常組織を含めて除去することが必要であり、腫瘍を除去後、骨再生を促進するとともに腫瘍を完全に除去するためにも反復処置が不可欠です。しかし、顎骨保存法を行う場合には長期間にわたる的確な追跡検診が必要で、もしこの点に関する了承が得られない場合には、本法は適応しません。
 また、この反復処置はエナメル上皮腫だけでなく、顎骨内に発生した良性腫瘍、顎嚢胞に対しても有用です。

唾液腺腫瘍

唾液腺腫瘍は大唾液腺、小唾液腺のいずれもから発生します。

唾液腺腫瘍の頻度は、唾液腺疾患の約10%といわれます。一般に唾液腺腫瘍は耳下腺にもっとも多く、ついで顎下腺、小唾液腺の順に少なく、舌下腺にはもっとも少ない(100:10:1、Willis)といわれています。しかし口腔外科領域では小唾液腺由来のものが多いという報告が多く、これは口腔内に腫瘍を自覚して来院する場合が多いためと思われます。施設によって頻度が異なっています。

腫瘍組織は多様な像を示し、その組織由来についても不明な点が多く、したがって組織による分類もさまぎまです。しかし腫瘍の大多数は腺実質組織に由来する上皮性由来で、間質成分からの非上皮性由来のものはきわめて少く、腫瘍のうちでは多形性腺腫がもっとも多くみられます。

臨床症状としては、腫瘤に気づき、これを主訴にして来院します。腫瘤の存在部位から唾液腺腫瘍であろうと推察できますが、良性か悪性かの区別や腫瘍の種類について判別することは困雑なことが多いです。また、疼痛や顔面神経麻痺を伴うときは悪性のことが多いといわれています。
耳下腺、顎下腺では唾液腺のX線像(造影像)が診断の一助となります。良性では腫瘍による陰形欠損、排出管系の偏位などが認められます。悪性では破壊、浸潤が生じているため、管系の断裂、漏洩などが認められます。

またシンチグラフィも利用されています。このほか超音波エコー像も診断に有用です。

乳頭腫

口腔粘膜に有頸性あるいは広頸性の腫瘤として現れます。形はカリフラワー状、ポリープ状などとさまざまで、大きさも2~3mmのものから数cmのものまであり、境界は明瞭です。
正常な粘膜でおおわれているものや、粘膜が角化し白い色をしていることもあります。硬さもいろいろですが、弾性硬のものが多いです。

発現部位は口腔内のいずれにも発生しますが、頬粘膜、歯肉、舌背、口蓋、口唇に多いといわれています。
発育は緩慢で潰瘍などを形成することはありません。また自覚症状もあまり強くないので、まったく気づかず、偶然に発見されることが多いです。多くは単発性ですが、ときには口腔内あちらこちらに散在性に発生することもあります。

処置としては、基底部を含めて摘出が行われますが、不完全な摘出は再発しやすいです。
鑑別診断としてverrucous typeの癌があります。

義歯性線維腫

不適合な義歯床の慢性刺激により、床縁部の組織の一部が弁状に増殖したものをいいます。

義歯床縁をおおうように粘膜の"ヒダ"ができ、粘膜は正常で、触れると"コリコリ"したような硬さです。多くは疼痛などの自覚症状がありません。処置としては腫瘤を切除します。

血管腫

血管組織からの腫瘍ですが、腫瘍というよりはむしろ発育異常(過誤腫)である場合がみられます。口腔領域の軟部組織のみならず顎骨内に生ずることもあります。好発部位は舌、口唇、頬部などです。
皮膚あるいは粘膜は多くが暗赤紫色を伴い、大きさはさまざまで、表面はやや隆起しているもの、平坦なものなどがあります。深部にある血管腫では皮膚は正常で、色調に変化のない腫瘤として認められます。

腫脹は軟らかく、時計皿あるいは指などで圧迫すると暗紫赤色が退色し、また腫脹も消過しますが、圧をはなすとただちに元の状態に戻るのが特徴です。
歯肉部では血管腫性エプーリスとして現れ、舌や口唇では広い範囲を含んで、巨舌症、大唇症の形をとるものもあります。
歯槽部歯肉が暗紫赤色を呈し、そのことから血管腫の疑われる場合には、血管腫が歯肉のみでなく、骨にまで広がっていることがあるため注意が必要です。骨の膨隆、歯槽骨の吸収、歯の動揺がみられることがあります。

顎骨内の中心性血管腫は、顎骨の膨隆あるいは歯の動揺をきたして発見されるか、抜歯あるいは外傷による多量の出血から発見されることが多く、歯の治療経過中のX線像から発見されるという偶然の例もあります。これは顎骨内のため無症状に経過するためとみられています。顎骨のX線像では境界のあまり明瞭でない透過像(多くは蜂巣状)で血管腫が疑われます。嚢胞と誤診し、抜歯などしないように注意しなければなりません。また血管腫の内部に、X線不透過像として静脈結石の認められることがあります。

病理組織学的には単純性(毛細血管拡張性)血管腫と海綿状血管腫とに分類されます。蔓性血管腫は口腔にはほとんどみられません。
治療法としては、梱包療法、凍結療法、摘出手術があり、レーザーメスによる方法もあります。

歯肉癌

歯肉に限局しているものは腫脹が少なく、むしろ浅い潰瘍があり、肉芽様のプツプツした顆粒状の腫瘍が露出するか白板状の形をして現れます。
口腔粘膜の下には骨膜があるため、初期には癌の浸潤に抵抗するといわれていますが、比較的早期に骨を破壊して吸収を起こすため、洞性癌との区別が困難なことが多いといわれています。とくに早期では自覚症状が少なく、著明な症状もないため発見が遅れ、広がった状態では、洞癌との区別は困難となってしまいます。

上顎歯肉癌は口腔癌の11.3%を占め、男女比は3:1で、60歳代に多くみられます。また、下顎の歯肉癌のほうが上顎の歯肉癌より多い(約5倍)といわれています。
上顎前歯部では白斑型が多く、側方歯の歯肉では歯肉頬移行部や歯槽部に腫瘍を生じてくることが多く見られます。

歯肉癌でも洞癌でも、歯槽骨を侵すと、歯の動揺をきたします。歯槽膿漏症と誤診されて抜歯したが治療不全が起こり、本症が発見されることがあります。鑑別診断が重要で、歯槽膿漏症と比べて、炎症性病変のないこと、盲嚢のないことなどが異なっている点です。
硬・軟口蓋の境あたりを中心に、片側性の口蓋の腫瘍として発症してくるのは腺由来の癌で、同様な形をとる腺腫との区別はきわめて困難です。被覆粘膜は正常で潰瘍形成は少ない半球状の腫瘍で、腺癌では表面がやや凹凸不平のことが多いです。腺癌は発育が遅く、自覚症状があまりなく、床義歯が不適合になったことなどから発見されることが多く見られます。

歯肉癌の診断には歯科用X線像が有用です。歯肉癌がすぐ下の骨を侵して骨吸収を起こし、X線像で骨梁の乱れや歯槽頂輪郭のぽやけを示し(一線でなくジグザグとなり)、骨梁の不透過線が粗い羽毛のように透過像のなかに散らばっているように見えます。

悪性リンパ腫

悪性リンパ腫はリンパ球性ないしは細網内皮系細胞に由来する腫瘍で、全身各所のリンパ節、リンパ性組織の存在する部位より生ずるとされています。
近年リンパ組織の研究が著しく進歩し、リンパ球培養でみられる芽球化現象やリンパ球のT・B細胞分頻など、リンパ組織構成細胞の由来や分類などに、従来の考え方と異なる点が導入されるようになりました。悪性リンパ腫の構成細胞についても、再検討の必要性が強調されるなど、本症の概念もいまだ明確にされていない点が多いといえます。

臨床所見および経過

悪性リンパ腫の初発症状はリンパ節の腫大とされ、頸部リンパ節の腫れることが多いといわれています。
顎口腔領域では、顔面あるいは口腔内の腫脹、知覚異常、疼痛、異和感、開口障害などがみられます。とくに腫脹は主症状であり、また初発症状ですことが多い。

腫脹部の症状は種々多様で特有なものはみられません。多くは発赤、圧痛などがみられ、炎症と誤る原因となっています。腫脹部の粘膜は小さいものでは正常なものが多く、腫脹の大きなものでは物理的刺激などによって粘膜に損傷が超こり、潰瘍形成あるいは腫瘍の露出がみられることがあります。
歯槽部に生じたものでは歯痛、歯の動揺がみられ、また知覚異常を訴えることがあります。

全身症状としては発熱、夜間盗汗、体重減少、頭痛、倦怠感。食欲不振、皮膚掻痒感などがみられますが、多くは病状の進行に伴って随伴するものとされています。

病状の進行に伴って、骨髄内に異常細胞が出現し、末梢血液中に腫瘍細胞が出現するいわゆる白血化がみられます。その頻度はリンパ肉腫に多く、ついで濾胞性リンパ腫、細網肉腫といわれています。