北海道大学 大学院歯学研究院 口腔健康科学分野 高齢者歯科学教室

Gerodontology, Department of Oral Health Science, Faculty of Dental Medicine, Hokkaido University

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舌痛症に対する当科の対応

 舌の先や縁がヒリヒリ、ピリピリする痛みに悩やまされている方は近年、増えています。歯科医院や耳鼻咽喉科、内科などを受診しても「何でもない」「異常ない」「気のせいだ」「心配いらない」などとしか説明されず、ときに軟膏やうがい薬、ビタミン剤などが処方されますが、使用しても一向に良くなりません。また、歯や義歯などに舌先や舌縁が擦れる感じがして、それが刺激になっていると感じ、歯科医院にこの部分を削って欲しいとか、作り直してほしいと懇願する患者さんも多くみられます。歯科医院の方で渋々、希望通りの処置が行われて一時的に良くなることはあっても、症状が軽快することは普通ありません。

 このような場合、舌痛症が疑われます。歯科医院や耳鼻咽喉科で口腔内を診査し、血液検査やカンジダ検査などを行っても明らかな異常が無いということであれば先ず、そう考えてよいと思います。舌痛症の最大の特徴は、舌の痛みは安静時には気になりますが、食事中や何かに夢中になっている時にはあまり意識しないことです。食事中に痛い痛いと訴えられる患者さんも、よくよく話を伺うと気になるのは食事中ではなく食事が終わった後に痛くなっていることが多いです。他にも、午前中よりも午後や夕方、夜に痛くなるなどの日内変動を認める、ガムを噛んだり、飴をなめたりしていると楽になる、舌だけでなく時に口唇、上あごの内側(口蓋)もひりひりする、味覚の異常や口腔乾燥も感じるなどの特徴があります。

 口腔内にはカンジダというカビの一種(真菌)が常在していますので口腔乾燥や、義歯の取り扱いが悪いとカンジダ症を発症することは少なくありません。しかし、その場合は、食事中の特に刺激物(特に熱いものや、辛味、酸味など)摂取時に一番痛くなり、安静時にはほとんど痛くないのが特徴です。カンジダ症が疑われる場合は、舌から培養検査を施行することで容易に判定は可能です。問題は、舌痛症とカンジダ症を合併している患者さんがいることです。この場合は、先ずカンジダ症に対し、抗真菌薬を使用しカンジダによる症状を取り除いてから舌痛症の治療に移ります。

 舌痛症は、これまでお話ししましたように舌には医学的にも問題となる異常が無い状態です。それではなぜ、異常が無い舌がヒリヒリと痛みを感じるのでしょうか。それは口腔内が通常よりもものすごく過敏な状態になり、通常は感じないことでも痛みとして感じてしまっているということです。口腔粘膜は体の中で非常に敏感なところで、その中でも舌は最も敏感な場所とされています。例えば、舌の縁に一時的に傷や口内炎ができたり、舌と接する近くに義歯や差し歯を作り替えたりした時には誰もがその舌の縁が気になるものです。しかし、通常は傷や口内炎はすぐ治りますし、作り替えた義歯や差し歯には慣れてきますので気にならなくなります。ところが、たまたま何かの強いストレスを感じていたり、体調が悪かったり、環境の変化があったときなどには、病的にその部分を無意識にもずっと意識するようになることがあります。そうすることで脳への痛みの回路がしっかりできてしまいます。言い換えると脳への痛みの神経回路が通常の痛みとは異なり誤作動を起こしてしまい、特殊な神経痛のような状態です。食事中や、何かに集中したり、ガムを噛んだり、飴をなめたりしていると痛みが軽快するのはそのような時には、脳に質的にも量的にも多くの情報がもたらされますので、盛んに脳が刺激されている状態です。脳はその時に一番多くの刺激があるところに注意が向けられることになっていますので、舌痛は気にならなくなります。反対に、安静にしていたり、床に入って寝付くまでなどでは刺激がほとんどありませんので、舌痛を強く意識するようになるわけです。さらに舌痛症の患者さんは、舌が痛いと、そこを刺激しないように安静にしようとして、食事もなるべく噛まなくてよいものにし、会話も控えるようになり舌をなるべく動かさないようにしてしまいます。人間の体は十分に動かして機能していると血流が良好に保たれますが、動かさないでいると血流が悪くなります。そうすると血液中に痛みを感じる発痛物質がたまりやすくなり余計に痛みに対して敏感になり、悪循環に陥るわけです。

 舌は解剖学的に複雑な形態をしています。舌縁には粘膜表面を多数の毛細血管が走行しているため赤色や青味がかったり暗赤色を呈した点状や線状物が至るとこにみえる場合がありますし、舌尖前方には赤い茸状乳が、舌根付近には大きな腫瘤の有郭乳頭、舌縁後方には人によって葉状乳頭の腫瘤が目立つ人がいます。いずれも医学的には生理的なもので異常ではないのですが、その色調や形態を異常なものと確信し、このような変化を起こしているから痛くなったと思い込むことが少なくありません。当科では、患者さんの舌をモニターで明示しながら、カラーの解剖書のアトラスとを比較してもらい生理的なものであることを納得してもらっています。また舌癌を心配されている方も少なくありませんので、その心配はないことを自分の目で確認してもらいます。

 当科では舌痛症の患者さんに対し、このことを何度も繰り返し説明させていただきます。その説明だけで痛みが軽快し薬を飲まなくてもよい患者さんも少なくありません。しかし、それだけでは良くならない患者さんに対しては薬物療法を行っています。薬物療法には種々の種類がありますが、現在、一番効果的と言われているのが、“抗うつ薬”です。抗うつ薬と言いますと、私はうつでないのに何でそんな薬をと思われる方が多いのですが、抗うつ薬の抗うつ効果を期待しているわけではなく、特殊な痛み止めとしての作用がありその効果を期待して出します。従って通常のうつ病の患者さんよりも量は少なく、症状が軽快すれば減量し止めていきます。そのほかに自律神経を整える薬、漢方薬も使用します。漢方薬は現在、日本で148種の漢方薬がありますが、舌痛症に特異的に効く漢方薬はありません。患者さん毎に体質、病状、性格は異なるため、それぞれに合った処方になりますので、一人一人が異なる漢方薬になります。患者さんにぴったり合う漢方薬が選択できれば、抗うつ薬に劣らない効果を示す場合もあります。当科では、薬の選択に当たっては患者さんとよく相談して焦らず時間をかけて行っていきます。舌痛症の治療は、薬を飲めば治るというものではなく、あくまで先ほど述べたように、舌痛への日ごろの対応(舌へのこだわりをなくし、
別のことに意識を向ける)との両輪が必要なのです。

 このコラムを読まれて診察を希望されましたら、可能でしたらかかりつけ医からの紹介状を用意していただき、北大高齢者歯科外来の山崎宛までお電話ください。紹介状はなくても予約は可能です。

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