北海道大学 大学院歯学研究院 口腔健康科学分野 高齢者歯科学教室

Gerodontology, Department of Oral Health Science, Faculty of Dental Medicine, Hokkaido University

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口腔カンジダ症・舌痛症・味覚障害との併発ケースが急増

口腔乾燥症

※本文は、くらしと健康の月刊誌「ケア」(2014年5月号、北海道医療新聞社発行)に掲載された内容です。

 加齢や薬の副作用などによって唾液の分泌量が減少し、起こる口腔乾燥症(ドライマウス)。日本では超高齢社会を背景に、患者さんの急増が予測されている。北海道大学大学院(北区)歯学研究科高齢者歯科学教室の山崎裕教授に今どんなことが問題になっているのかを解説して頂こう。

全人口の4分の1に発症との報告も

重度の口腔乾燥症 「口腔乾燥症は、非常に多くの方にみられている症状で、最近はドライアイとの併発も指摘されています。海外の疫学調査によると、口腔乾燥症は全人口の四分の一に何らかの症状がみられているとも報告され、それに従えば国内では約三千万人の方に発症していることになります。もちろん、軽症から重症まで程度の差はあると思いますが、当大学病院だけでなく一般の歯科診療所でも患者さんが増え続けていることは事実です」(山崎教授)。
 口腔乾燥症は加齢や薬の副作用、生活習慣などが大きな要因となっている。唾液を分泌する唾液腺は筋肉によって支えられており、加齢そのものが筋力低下や唾液腺の萎縮を招き、唾液量を減少させる要因となる。
また、降圧剤やアレルギー疾患などで服用する抗ヒスタミン薬、抗うつ薬、精神安定剤、パーキンソン病薬など、薬の副作用による口腔乾燥症の発症も多く、中高年に多い過活動膀胱で処方する薬剤にも強い副作用がみられる場合があるという。とくに高齢者の場合は複数の薬剤を服用するケースが多いため、薬の数が増えるほど薬剤性の口腔乾燥症を引き起こす確率は高まる。
このほか、放射線治療を受けたり、自己免疫疾患であるシェーグレン症候群も口腔乾燥症の要因になるという。
 「食事や会話は口の周りの筋肉を使うことでもあり、これが唾液腺の刺激につながります。ところが、独居の高齢者の場合は会話する習慣が減少し、一日誰とも会話しないということもあり得ます。さらに食も細くなってしまうと、なおのこと口を動かす機会が減り、唾液腺の刺激が足りないために、口が渇きがちになってしまいます。よく食べ、よく話すことは口腔乾燥症を予防する観点からも大切であり、とくに独居の高齢者の場合は注意が必要です」。

口腔乾燥症をきっかけに他の病気を発症

従来の口腔カンジダ症のイメージ。 山崎教授は、今問題となっているのは単に口腔乾燥症が増加していることだけではないと強調する。
 「高齢者の方々には口腔カンジダ症や舌痛症、味覚障害も多くみられるようになっています。治療を行っていきますと、これらの症状には関連性があり、その中心に口腔乾燥症があるケースが多いのです。もちろん、すべての症状が同時に現れるというわけではないのですが、高齢者の場合は口腔乾燥症の悪化から他の病気を併発するケースが明らかに増えています」。
 口腔カンジダ症は口腔内に常在するカンジダという真菌が増殖して起こる病気。抵抗力が低下すると発症しやすく、抗がん剤、免疫抑制剤、ステロイド治療のほか、義歯の清掃不良や唾液分泌の低下も原因となる。症状は大きく灰白色や乳白色の点状、線状の白苔が粘膜表面にみられるタイプと、白苔はみられず舌の表面が紅くつるんとしているタイプに分けられるが、両タイプが混在していたり、義歯の下の粘膜が赤くなったり、口角がきれるタイプもある。口腔内が乾燥するほど菌は増えやすくなるので、口腔乾燥症の悪化に注意したい。
舌痛症は舌の先や縁がヒリヒリ、ピリピリと痛む症状が現れる病気。灼熱感と呼ばれる、火傷をしたような痛みと表現されることもある。うつや心身症など心因性によるものが、いわゆる舌痛症と呼ばれるケースだが、舌炎、扁平苔癬などの口腔粘膜疾患や口腔乾燥、義歯や不良補綴物による障害も舌の痛みの要因となる。前述の口腔カンジダ症も舌の痛みの要因となることがあり、口腔乾燥症と口腔カンジダ症、舌痛症の関連性を示している。
赤い口腔カンジダ症。紅斑性(萎縮性)カンジダ。最近増えてきている。痛みが強く、難治性であるのが特徴。 「舌痛症になると、舌を安静にしなければならないと思い、刺激しないようにと舌を動かさなくなってしまう患者さんもいらっしゃいます。しかし、人間の体は動かさなければ血液の循環が悪くなり、発痛物質が溜まりやすくなります。そうなると、ますます痛みを感じやすく、より動かさないようになるという悪循環に陥りかねません。早めの対処が重要です」。
 味覚異常とは味覚が減退、消失するか、異常な味を感じる状態を指す。
 「塩や砂糖を乾ききった舌の上に載せても人間は味覚を感じることができません。それらが唾液で溶かされ、溶液になることで初めて味として感じることができるのです。また、しょうゆを苦く感じたり、何も食事をしていないのに口の中が苦い、渋いなどと感じるケースもあります。口の中には何もないのに、口の中の苦さや渋さを感じるのは自発性異常味覚と呼ばれ、現在では口腔カンジダ症が原因の場合が多く認められます。口腔乾燥症があると、口腔カンジダ症を発症しやすく、そのうちの約2割に味覚異常がみられています」。
 このほかにも味覚異常の自覚症状は多彩で、味覚自体は主観的なものであるだけに評価自体を難しくさせている現状もあるという。味覚障害の要因としては、舌そのものの病気や味受容体の異常が原因となったり、味を伝える神経や脳の障害が原因となる場合もある。さらに、精神神経疾患、循環器疾患、高血圧症、胃疾患、肝障害、がん等の疾患では薬剤性の味覚障害が増加しているという。「薬剤性の味覚障害は高齢者に多く、複数の薬剤を服用している場合は注意してください。早期には口腔乾燥のほか、味が感じにくい、食事がおいしくない、食べ物の好みが変わった、金属味や渋味など嫌な味がする、といった症状がみられることが多くなっています」。

非常に重要な唾液の働き

 口腔内が乾燥すると、舌の表面に食物が付着しやすくなり、虫歯や歯周病を引き起こす原因となる。悪化すると摂食嚥下障害や感染症などを引き起こす可能性もあり、そのリスクは想像以上に大きいといえるだろう。
 「口腔乾燥を避けるには、唾液の十分な分泌を促す必要があります。唾液の働きは非常に重要で、消化作用のほか、歯の表面や隙間に付着したプラークや食べかすを洗い流す自浄作用、病原微生物に抵抗する抗菌作用があります。
 また、唾液に含まれるムチンという物質は粘膜を保護し、乾燥を抑える保湿効果があります。唾液の少なくなったお年寄りが熱いお茶を飲めなくなるのは、唾液による希釈作用と粘膜を保護するムチンが減少することによるものです。
 さらに唾液には緩衝作用といって、口の中のpHを一定にし、歯の表面が溶けるのを防ぐ役割があります。通常、食べ物を食べると口の中は酸性に傾き、虫歯も発生しやすい環境になるのですが、唾液がそれを中和しています。
 最近は逆流性食道炎の問題がよく指摘されていますが、唾液の分泌が低下している場合は胃の酸性物質が食道にあがっても中和できず、さまざまな問題を起こしてしまいます。唾液には口腔内の傷を治す効果もあり、いかに唾液が重要であるかがお分かり頂けるかと思います」。

効果をあげる小唾液腺マッサージ法

小唾液腺のマッサージの例。 口腔内のトラブルは症状に応じて対処していく必要がある。背景に病気がある場合はその治療を前提に口腔症状に対処し、薬の副作用があれば見直すことも大切。過活動膀胱はすでに口腔乾燥を起こしにくい薬剤も登場しているという。口腔カンジダ症の場合には抗真菌薬を使うことで改善が期待できる。義歯や補綴物の不具合がある場合は、その調整をしっかり行い、日常的に管理していくことが大切だ。
 口腔乾燥症はさまざまな要素が複合的に絡み合って悪化する可能性が高いため、一つひとつの要因を取り除いていく必要がある。歯科では問診・触診のほか、口腔内診査や唾液分泌量検査などから口腔内の評価を行えるので、症状が気になる場合は早めに歯科を受診したり、主治医に相談することを心掛けたい。
 さらに山崎教授が強調するのが、口腔ケアの重要性だ。口腔ケアは専門的にいえば、口の中を掃除し清潔に保つ器質的口腔ケアと、口の機能を改善し維持・向上させる機能的口腔ケアに分けられる。自分で管理できない場合は、歯科医や歯科衛生士などの専門家による口腔ケアが必要となる。
 「口腔乾燥が悪化するとさまざまな症状が現れますが、菌が繁殖して舌の表面を厚い舌苔が覆い、真っ白になるケースも少なくありません。さらに口腔乾燥が進行すると、舌の表面の細かい突起である乳頭が擦り切れ、苔は目立たなくなりますがつるんとした舌になってしまうことがあります。そうなると水分を保持できず、口腔乾燥は益々悪化しますし味覚の低下も起こります。このような場合も、口腔用の保湿剤や舌ブラシなどを使って改善することが可能ですので、専門家に相談することです。
 口腔乾燥はまず口の中のねばつきが最初の症状で、高齢者の場合、悪化すると口を開けたときに泡状の唾液が見えることがあります。これは口の中が乾いている証拠ですので口腔ケアを早期に実施する必要があります」。
 口腔ケアは嚥下体操や口腔周囲筋のストレッチなど、口やその周囲の筋肉のトレーニングをすることで機能回復を目指す方法もある。この中に唾液腺をマッサージする方法もあるが、最近は小唾液腺をマッサージする方法も普及しているという。
 「唾液腺マッサージは従来、耳下腺(耳たぶのやや前方)、顎下腺(顎の骨の内側の柔らかい部分)、舌下腺(顎先のとがった部分の下側)といった大唾液腺を刺激する方法が紹介されてきました。これに対し最近、大阪大学歯学部の阪井丘芳教授が小唾液腺をマッサージする方法を提唱し、効果をあげています。
 小唾液腺は口唇や頬の内側、口蓋、舌の奥・付け根・裏側など口腔内の粘膜に広く分布しています。まずは、うがいなどをして十分に口の中を湿らせ、保湿ジェルを人差し指や中指の先に少量つけて、直接マッサージすることで効果が期待できます。当院でも口腔乾燥症の患者さんに紹介しています。重要なのは、症状がよくなってもやめずに継続すること。口腔乾燥症は慢性的に起こりやすい症状ですから、口腔ケアを習慣化することが重要です」。

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