Torii, Shuhei

爬虫類のエナメル質の構造について

鳥居秀平、三島弘幸、鈴木久仁博、小澤幸重、

日本大学松戸歯学部第２解剖学教室

Enamel structure of Reptiles

Shuhei Torii, Hiroyuki Mishima, Kunihiro Suzuki, and Yukishige Kozawa
Department of Anatomy, Nihon University School of Dentistry at Matudo,
Matudo, Chiba271, Japan.

Abstract:
This study investigated the original form of the enamel prism and Hunter-schreger bands in 6 species of fossil reptiles and a primitive mammal with the scanning electron microscopy.　Crocodile group had the non-prismatic enamel, and the enamel lamellae was observed in it. The premonitory structures of both enamel prism and Hunter-schreger bands were observed in the enamel of Pyhytosaurus sp. and Mosaaurus sp.. The enamel of Phytosaurus sp. showed the unit of crystals, which was encircled by the crack (or enamel lamellae). The crystal orientation between the neighboring unit clearly differed at the crack. This structure of each crystal unit might be formed by a group of several ameloblasts, moving rhythmically. Each group of ameloblasts had each peculiar motion, and formed each unit of crystal orientation, so that crystal orientation clearly changed at the border of crack. In the enamel of Mosasaurus sp., the crystal unit, containing a enamel tubule, was more smaller than that of Phytosaurus sp.. It is assumed that the group of ameloblasts become smaller and smaller numbers according to the tooth evolution and finally form the enamel prism. The structure of crack may be the origin of enamel lamella, enamel tuft and it may become prism sheath.

【はじめに】
　ヒトをはじめとする哺乳類のエナメル質には、シュレーゲルの条紋やエナメル小柱といった構造が存在する2 )。　これらの構造は、結晶の配向によって形成されるものであるが、原始的なエナメル質はこれらの構造のない無小柱エナメル質である4 )。　シュレーゲルの条紋やエナメル小柱が、無小柱エナメル質から系統的に発生してくる過程については様々な論議がある1, 3 )。　原始的哺乳類や爬虫類では、無小柱エナメル質を持つものが多いが9 )、単純な配列形態のエナメル小柱や小柱鞘の明確でない偽エナメル小柱を有する種類もあり、これらがエナメル小柱とその複雑な走向、配列よりなるシュレーゲル条などの構造の起源とされている。即ち、哺乳類のエナメル質構造の起源は、恐竜や化石爬虫類にさかのぼると考えられる3 , 8 )。　近年は、爬虫類のエナメル質中に認められる溝状構造（crack）を中心とするエナメル質結晶の配向が、エナメル小柱の起源であるとする意見も出されている5 -7 )。　しかし、溝状構造（crack）がエナメル質中にどのように発生してくる構造なのか不明であり、ヒトのエナメル葉板やエナメル叢とどのような関係にあるのかも判明していない。
　本論においては、恐竜及び原始的哺乳類の歯の組織を検討し、シュレーゲルの条紋やエナメル小柱の起源について考察した。

【材料と方法】

　試料とした歯は、以下の７種の頬歯である。

１．Allognathosuchus sp.（ワニ目、始顎亜目 Aligatoridae科、新生代、第３紀、始新世中期）
２．Pristichampsus sp.（ワニ目、始顎亜目、Crocodylidae 科、新生代、第３紀、始新生中期）
３．Edmontsaurus sp.（鳥盤目、中性代、白亜紀）
４．Bahriasaurus sp.（竜盤目、中性代、白亜紀）
５．Mosasaurus sp.（有鱗目、トカゲ亜目、中性代、白亜紀）
６．Diplocybodon sp.（梁歯目、中性代、ジュラ紀）
７．Phytosaurus sp.（槽歯目、中性代、三畳紀）

　各試料は、ポリエステル系樹脂にて包埋し、硬組織切断機にて歯の長軸方向に切断した。試料の縦断面を荒砥、中砥、仕上げ砥石にて研磨し、次にダイヤモンドペースト２，１，０．５μｍと順次研磨し、最終的に0.25μｍで鏡面仕上げ研磨を行った。その後、1N HCl溶液にて約１０秒間エッチングし、脱水した後、自然乾燥した。次いで、研磨面に金蒸着を施し、走査電子顕微鏡（HITACHI S2700及びJOEL T200、加速電圧15KV）にて観察した。

【結果と考察】

　系統発生的に新しいものから古いものへとさかのぼってエナメル質の構造について論じる。

　図１は、ワニ目のAllognathosuchus sp.の無小柱エナメル質であり、結晶が表面に直角に配列している。左下のエナメル象牙境付近（D.E.J.）にはエナメル細管が観察され、また、エナメル葉板様構造も認められる。この構造をcrackと呼ぶこともある6 )。エナメル質表層には約8.6μｍ間隔の成長線が観察される。全体的に結晶配列が一様であり、結晶が一定の集合をなす単位が認められ、均質で典型的な無小柱エナメル質構造を示す。図２は、ワニ目のPristichampsus sp.であり、広い亀裂状となったエナメル葉板様構造が観察され、エナメル象牙境付近（D.E.J.）ではエナメル細管が多数認められる。わずかに円錐状の配列を示す結晶の単位が認められる。
　図３は恐竜の鳥盤目のEdmontsaurus sp.のエナメル質であり、エナメル葉板様構造に囲まれた結晶の集合した単位が観察される。電子密度の違いが交互に認められるが、これは結晶の配向によるものであり、研磨面に平行な領域で電子密度が高い。それぞれの単位中、または単位間において電子密度に差があるが、これは結晶の配列が異なる事に起因している。単位の大きさや形態は不規則である。図４の恐竜の竜盤目であるBahariasaurus sp.のエナメル質では、結晶がやや円錐状に配列し一定の単位を作り、周囲に不明瞭ではあるが溝らしきもの（矢印）を認める。
　図５の化石爬虫類のMosasaurus sp.では、エナメル葉板様構造が多数の小さい不規則な単位を形成し、中に直径約3.2～1.5μｍエナメル細管（矢印）を認める。このようなエナメル葉板様構造に囲まれた１つ１つの単位は、エナメル象牙境に先端を向けた円錐状構造と考えられる。単位中において一部では、結晶は研磨面にほぼ垂直に、他は平行な結晶の配列を示す。
　図６の哺乳類であるDyplocynodon sp.は、無小柱エナメル質であり、結晶の集団は認められない。しかし、エナメル象牙境（D.E.J.）からエナメル質表面に達する明瞭なエナメル葉板（矢印）及び、途中まで達するエナメル葉板（矢頭）やエナメル細管が観察される。
　図７は、槽歯目のPhytosaurus sp.のエナメル質であり、深層から中層にかけて電子密度が高い部位と低い部位が認められ、両者の間にエナメル葉板様構造が観察される。電子密度の高い部位と低い部位を拡大すると（図８）、両者の間で、結晶の配列性が違うことが観察される。電子密度の高い部位においては結晶が研磨面に対して斜行し、電子密度の低い部位は研磨面に垂直に配向している。エナメル葉板様構造（矢印）では、結晶の配向が急激に変化しているため、この亀裂がエナメル質構造に、即ちエナメル質の組織発生過程で形成されたことを示す。図９の如くエナメル葉板様構造に囲まれた１つ１つの単位ごとに結晶の配列性が明瞭に認められるが、これを円錐状構造とする。成長線は、図７の如く、エナメル葉板様構造を斜めに横切っているため、かなり多数のエナメル芽細胞の集団が周期的に変化して、結晶の配列の違いを形成するものと考えられる。
　以上のことからエナメル葉板様構造に囲まれた単位は大きさ、形態、共に不規則であり、かつエナメル質の形成過程中においても常に大きさが変化する。しかし、各単位はエナメル質の形成中においてエナメル芽細胞の集合によって形成されると理解される。即ち、著者らは図１０下図のSander（1994未公表）のエナメル芽細胞の大きさが異なるという考えではなく、図１０上図のようにエナメル芽細胞の集団の大きさがエナメル質形成と共に変化し結晶の配列を変化させるため円錐状のそれぞれの単位が形成され、細胞集団の境界がエナメル葉板様構造を形成すると推定する。エナメル小柱はこの結晶の単位が小型化し１個のエナメル芽細胞になったものと考えられる。この細胞集団が結晶の方向性を各単位ごとに異なったものとしている。即ち、爬虫類に見られる結晶の集団の単位は、高等哺乳類のエナメル小柱やシュレーゲルの条紋の起源としての構造と考えられよう。

まとめ

　エナメル葉板様構造は、エナメル芽細胞の集団を境するものであり、これによって囲まれた単位はエナメル芽細胞の集団によって規定され、エナメル芽細胞の集団がエナメル小柱や、シュレーゲル条のような構造をつくる起源となるものであると推定した。

文献

１）後藤　仁敏：エナメル質の起源と進化；エナメル質、その形成、構造、組成と進化（須賀　昭一編）,第１版，２２２ー２３３，クインテッセンス出版，東京，１９８７，
２）W.v.koenigswald and W.A.Clemens : Levels of complexity in the microstructure of　mammalian enamal and their application in studies of systematics ; scaning microscopy6, 195-218, 1992
３）小澤　幸重：エナメル質小柱構造の比較組織学；エナメル質、その形成、構造、組成と進化（須賀　昭一編）, 第１版，２７３ー２８５，クインテッセンス出版，東京，１９８７，
４）M.L.Moss : Evolution of mammalian dental enamel, American Mus., 2360, 1-39, 1969
５）H.-U.Pfretzschner : Structural Reinforcement and Crack Prepagation in Enamel ; in Teeth Revisited: Proceedings of the VⅡth International Sympsium on Dental Morphology, Paris 1986 (Russel D.E.,Santro J.-P. and Sigogneau-Russell D. eds.), 53, 133-143,　Mem. Mus. natn. Hist. nat., Paris, 1986
６）John M.Rensberger : Crack in fossil enamels resulting from premortem VS. postmortem events ; Scaning Microscopy, 1 631-645, 1987
７）John M.Rensberger and Hans Ulrich Pfretzschner : Enamel structure in Astrapotheres and its functional implications ; Scaning Microscopy, 6, 495-510, 1992
８）W.J.Schmidt and A.Keil, Polarizing Microscopy of Dental Tissues, 319-459, Pergamon Press, Oxford, 1971
９）山下　靖雄：ワニのエナメル質形成時におけるエナメル芽細胞の微細構造に関する電子顕微鏡的観察；歯基雑誌，１８，１８８ー２３８，１９７６，

図版：

{　Sorry, Figures will be installed soon.　}

図１
Allognathosuchus sp.の走査型電子顕微鏡像全体的に結晶配列が一様であり、典型的な無小柱エナメル質を示す。Ｄ．Ｅ．Ｊ．：エナメル象牙境，スケール＝５０μｍ

図２
Pristichampsus sp.の走査型電子顕微鏡像わずかに円錐状の配列を示す結晶の単位が認められる。
Ｄ．Ｅ．Ｊ．：エナメル象牙境，スケール＝５μｍ

図３
Edmontsaurus sp.の走査型電子顕微鏡像エナメル葉板様構造に囲まれた結晶の集合した単位が観察される。スケール＝５０μｍ

図４
Bahariasaurus sp.の走査型電子顕微鏡像結晶がやや円錐状の単位をしており、周囲に溝らしきものが観察される。スケール＝５μｍ

図５
Mosasaurus sp.の走査型電子顕微鏡像エナメル象牙境に先端を向けた円錐状の小さな多数の単位が認められ、中にエナメル細管を認める。スケール＝５μｍ

図６
Diplocynodon sp.の走査型電子顕微鏡像無小柱エナメル質であり、結晶の集団は認められない。
Ｄ．Ｅ．Ｊ．：エナメル象牙境，矢印：エナメル質表面まで達するエナメル葉板，矢尻：
エナメル質の途中まで達するエナメル葉板，スケール＝５０μｍ

図７
Phytosaurus sp.の走査型電子顕微鏡像電子密度の高い部分と低い部分を認められ、その間にエナメル葉板様構造を認める。スケール＝１００μｍ

図８
Phytosaurus sp.の走査型電子顕微鏡像電子密度の高い部分と低い部分の強拡大，電子密度の差は結晶の配向が急激に変化しているためであることが認められる。
矢印：エナメル葉板様構造，スケール＝３３．３μｍ

図９
Phytosaurus sp.の走査型電子顕微鏡像各単位ごとの結晶の配向性が明瞭に違う。
スケール＝２７．３μｍ

図１０
上図：エナメル芽細胞の集団の大きさがエナメル質形成と共に変化し結晶の配向を変化させ、細胞集団の境界が、エナメル葉板様構造を形成すると推察される。この集団が結晶の方向性を各単位ごとに異なったものとする。
下図：Ｓａｎｄｅｒ（１９９４，未公表），

PlateⅠ

Fig.1: SEM micrograph of Allognathosuchus sp.

non-prismatic enamel　and crystal orientation is uniform.

D.E.J.: Dentine-enamel Junction, Bar=50μm

　Fig.2: SEM micrograph of Pristichampsus sp.

Conical units of crystal arrangement are observed in enamel.

D.E.J.: Dentine-enamel Junction, Bar=5μm

Fig.3: SEM micrograph of Edmontsaurus sp.

Crystal units are enclosed by the Crack. Bar=50μm

Fig.4: SEM micrograph of Bahariasaurus sp.

Crystal units forms slightly conical that is enclosed by the crack. Bar=5μm

Fig.5: SEM micrograph of Mosasaurus sp.

There are many small conical units which contained enamel tubules. The top of its cone directed
toward dentine-enamel junction. Bar=5μm

Fig.6: SEM micrograph of Diplocynodon sp.

Crystal unit cannot be observed and prismless enamel.

D.E.J.: dentine enamel junction, Bar=50μm

PlateⅡ

Fig.7: SEM micrograph of Phytosaurus sp.

There are high and low electron density areas, that is bounded by the crack. Bar=100μm

Fig.8: SEM micrograph of Phytosaurus sp.

High magnification of high and low electron density areas. Crystal orientation changes quickly
between them. arrow: enamel lamellae like structure, Bar=33.3μm

Fig.9: SEM micrograph of Phytosaurus sp.

Crystal orientation of each unit shows different.Bar=33.3μm

Fig.10: upper figure; Each group of ameloblasts changes the number of size and motion along with
the amelogenesis, so that crystals unit and its size shows also variable. The boundary forms border of
the crack.

Lower figure; sander(1994, non publication)