エナメル質へのカルシウムの輸送経路
(45Caオートラジオグラフィーによる研究)
川本忠文・清水正春
鶴見大学歯学部生化学教室
横浜市鶴見区鶴見2ー1ー3
【要 旨】
血中からエナメル質へのカルシウムの輸送経路を調べるために、45Caの心臓内投与後3.5〜30.0秒のオートラジオグラフィーを行った。
0.04%カルセイン溶液を腹腔内投与した9日齢ラットの左心室に45CaCl2を3.7MBq投与し、3.5、5.0、10.0、15.0、20.0、30.0秒後に液体窒素中で全身凍結を行った。凍結試料から下顎切歯を縦断する厚さ4μm
と7μmの凍結切片を作製した。凍結乾燥後、マクロオートラジオグラフィーには厚さ7μmの切片にX線フィルムを密着し、ミクロオートラジオグラフィーには厚さ4μmの切片にオートラジオグラフィー用乳剤から作製した厚さ2μmの乾燥乳剤膜を密着し、オートラジオグラフィーを行った。得られた各オートラジオグラムは、共焦点レーザー走査顕微鏡により観察した。
45Caの投与3.5秒後には、放射能が基質形成期と成熟期の乳頭層に認められるが、エナメル芽細胞層とエナメル質には検出されなかった。5.0秒後には、エナメル芽細胞層にも放射能が認められるようになった。また、基質形成期のエナメル質と成熟期の
smooth-ended ameloblast(SA) の領域のエナメル質には45Caの取り込みが認められるが、
ruffle-ended ameloblast(RA) の領域のエナメル質には45Caは取り込まれていなかった。10.0秒後になると、RA領域のエナメル質にも45Caの取り込みが認められた。これらの結果から、カルシウムがエナメル芽細胞層を通過するのに要する時間は、基質形成期と成熟期のSA領域では1.5秒以内、RA領域では1.5〜6.5秒の間であることが明らかになった。
エナメル芽細胞層での45Caの分布状態とエナメル芽細胞層を通過するのに要する時間の違いから、基質形成期とSA領域ではカルシウムは細胞の間隙を通ってエナメル質に取り込まれ、RA領域では細胞内を経由してエナメル質に取り込まれていると思われる。
On the calcium transfer route to tooth enamel
-----A study using 45Cz-autoradiography-----
Tadafumi Kawamoto and masaharu Shimizu
Department of Biochemistry, Tsurumi University School of Dentistry
Summary
The path of calcium movement from the capillary to the developing enamel
was examined using the autoradiographic method for water soluble materials.
A saline solution containing 45CaCl2(3.7MBq) was injected into the left
ventricle of 9-day old rats 30 min. after an ip. injection of 0.04% calcein
solution. The animals were rapidly frozen in liquid nitrogen 3.5, 5.0, 10.0,
15.0, 20.0, 30.0 sec. after the injection. The frozen animals were embedded
in 5% carboxymethyl cellulose solution, and completely frozen in cold hexane(-90℃).
Following the method described by Kawamoto[43], frozen sagittal sections
of 4 and 7μm thickness of the lower incisor were cut from the frozen animals
with a microtome(PMV 2258, LKB Co., Sweden) in a cryostat at -20℃, and
then were completely freeze-dried. For macroscopical autoradiography, in
order to prevent chemographic artifact, the freeze-dried sections of 7μm
thickness were covered with a sheet of plastic film of 4μm thickness(Diafoil,
Mitsubishi Plastic Co., Japan) and then pressed X-ray film(IX-50, Fuji Photo
Co., Japan) for exposure. The films were developed after exposure for 3
weeks. The 4μm thick sections were used for microscopical autoradiography.
The sections were covered with a dried emulsion film of approximately 2μm
thickness made by autoradiographic emulsion(Autoradiographic emulsion NR-M2,
KONIKA, Japan) using the method described by Kawamoto and Shimizu[42]. After
exposure for 4 weeks in a freezer maintained at -80℃, the samples were
developed, fixed and rinsed. Then, they were stained with H-E, and mounted
with glycerin under a cover slip. The labeling pattern of the macroscopical
autoradiogram and the distribution of silver grains were examined by means
of a confocal laser scanning microscope(Olympus LSM-GB200, Japan).
At 3.5 sec. after the 45Ca injection, radioactivity appeared in the
papillary layer in the secretory and maturation stages. However, there was
no radioactivity in the ameloblast layer and enamel. At 5.0 sec. after the
injection, radioactivity was detected in the papillary and ameloblast layers
of both stages. Incorporation of 45Ca into the enamel of the secretory stage
and the region of smooth-ended ameloblasts was recognized, although no labeling
was observed in the enamel of the ruffle-ended ameloblast(RA) region. At
10 sec., the incorporation of 45Ca into the enamel was also recognized in
RA region. The time taken for the passage of calcium through the ameloblast
layer was estimated from these autoradiographic results by calculating the
difference in the incorporation time of the radioactivity into the papillary
layer and into the enamel. In the maturation stage, the calcium passed through
the SA layer within 1.5 second, and in the RA layer it was within a 1.5
to 6.5 second time frame. In the secretory stage, the 45Ca passed through
the ameloblast layer within 1.5 second.
These results indicate that calcium ions might be incorporated into
the enamel of the secretory and SA region through the spaces between the
ameloblasts, and in the RA region via ameloblasts.
【緒 言】
エナメル質へのカルシウムの取り込みがエナメル芽細胞層によって調節されていることは衆知の事実で、この調節機構を明らかにするために色々な方法が試みられ検討されてきた。細胞間を通る経路については、形態学的にエナメル芽細胞の近位・遠位部の閉鎖堤の観察[1−4]や、Hoseradish
peroxidase(HRP)、標識タンパク、ランタン(La(NO3)3・6H2O)、カルセイン、EDTA等を用いたトレーサー実験により検討されている[5−11]。細胞内経路については、カルシウム[12−21]やCa-ATPase活性[22−28]の細胞内分布状態から細胞によるカルシウム輸送が論じられている。これらの結果によれば、成熟期の
Smooth-ended ameloblast(SA)領域では、カルシウムは細胞間を通ってエナメル質に取り込まれ、Ruffle-ended
ameloblast(RA)領域ではカルシウムは細胞を介してエナメル質に輸送されていると考えられている。基質形成期に関しては、用いるトレーサーにより結果は異なり、いまなお結論的ではない。これらは直接的な証明法でないために、放射性カルシウムを用いて直接カルシウムの輸送経路を証明しようとする試みも数多く報告されているが[29−41]、細胞層に分布しているカルシウムが水溶性であるために、組織試料作製法、感光乳剤の密着過程に特別な注意が払われているものの、技術的な困難さから所見にはいまだに食い違いがみられ、エナメル質へのカルシウムの輸送経路に関しては明確な解答が得られていない。一方、エナメル質のカルシウムの取り込み状態に関しては、ほぼ一致した結果が得られ、成熟期のRA領域の形成側約2/3の部位が最も強くラベルされ、次いでSA領域、基質形成期の順となり、これらの部位に取り込まれるカルシウムは、エナメル器の細胞層を30秒以内に通過していることが明らかとなっている。従って、直接的にエナメル器内でのカルシウムの輸送経路を明らかにするためには、組織中で生理的に起るトレーサーの拡散が極めて少ないであろうと考えられる45Caの静脈内投与後30秒以内のオ−トラジオグラフィ−を行う必要がある。しかし、トレーサーの静脈内投与後30秒以内に軟組織中に分布している45Caを不動化し、しかも試料の作製過程やオートラジオグラフィーの過程でトレーサーの移動や流失を防ぐことは技術的に非常に困難で、いまだに30秒以内の45Caのオートラジオグラフィーは報告されていない。
我々は、トレーサーの静脈内投与数秒後の体内での分布をマクロレベルとミクロレベルの研究に利用できるオートラジオグラフィー法[42,43]を開発し、この方法を用いて45Caの投与後30秒以内でのラット下顎切歯における45Caの分布をマクロレベルとミクロレベルで調べた。
【材料と方法】
1)オートラジオグラフィー
ラット下顎切歯エナメル質の基質形成期、成熟期のSA領域とRA領域をカルセインの蛍光分布に基づいて同定するために、生後9日齢ラット(Wistar系、体重約20g)の腹腔内に0.04%カルセイン溶液(同仁化学研究所)を0.1ml投与した。30分後にペントバルビタール(大日本製薬株式会社)麻酔下で心臓を開胸露出し、直ちに左心室に生理的食塩水に溶解した45CaCl2(74MBq/ml,
New England Nuclear, USA)を3.7MBq(0.05ml)注入し、3.5、5.0、10.0、15.0、20.0、30.0秒後に液体窒素中で全身凍結を行った。凍結後、5%カルボキシメチルセルロースで凍結包埋し、凍結ブロックをクリオミクロトームの試料台に固定した。凍結切片の作製は川本の方法[42]に従って、下顎切歯の縦断面が現れるまでトリミングを行った後、粘着剤(粘着ノリ、アジア原紙社製)で粘着処理したサランラップシートを試料面に密着し、厚さ4μmと7μmの凍結切片をサランラップシート上に作製した。切片が貼り付いたサランラップシートの両端をあらかじめ冷却しておいたスライドグラス上に両面テープで固定し、1昼夜の凍結乾燥を行った。トリミングから凍結乾燥までの一連の操作は、−20℃に保ったクリオスタット内で行った。光顕オ−トラジオグラフィ−には厚さ4μmの切片を用い、マクロオ−トラジオグラフィ−には厚さ7μmの切片を用いた。
光顕オ−トラジオグラフィ−の操作は川本らの方法[43]に基づいて、使用する乳剤膜を光顕オートラジオグラフィー用乳剤から次の手順で作製し、切片に密着した。使用した乳剤は、オ−トラジオグラフィ−用乳剤(KONICA
NR-M2)5gに界面活性剤として2% sodium dioctyl sulfosuccinate を0.4ml
加えて加温し、40℃で溶解したものを用いた。乳剤を溶解した状態で1時間以上放置した後、直径13mmのガラス管の一端
を溶解した乳剤液中に浸し、引き上げた後直ちに空気を吹き込んで直径約5cmの乳剤の風船を作り、乳剤が完全に乾燥する直前に2枚のスライドグラスで風船を挟むことにより乳剤膜を切片上に貼付した。乳剤膜を貼付した試料は、ケモグラフィーを防ぐために−80℃の冷凍庫内で露出を行った。4週間の露出後、現像定着処理をおこなってからH−E染色を行った。組織と銀粒子の分布は、共焦点レーザー走査顕微鏡(CLSM)で観察した。銀粒子の観察は、乳剤層中の異なった焦点位置に分布している銀粒子の全てを同時に観察するためCLSMにて厚さ1.2μmの光学的スライス像を連続的に7−9枚作り、これらの像をコンピューターにより合成して一枚の合成像を作製して行った。
マクロオ−トラジオグラフィ−は、凍結乾燥切片をX線フイルムに密着する前にエナメル質への45Caの取り込み状態を明瞭に示すために、凍結乾燥したサランラップに貼り付いた切片を、顕微鏡下でエナメル質とエナメル芽細胞層の境界をメスにより注意深く切り離した。切り離したエナメル質試料と細胞層の各試料は、粘着処理したスライドグラス上に切片面を上側にして貼付し、厚さ4μmのプラスチックフイルム(Diafoil,
Mitsubishi Plastic Co., Japan)で覆った。この試料にX線フイルム(IX-50、Fuji
Photo Co. Ltd.)を密着し、3週間の露出後、切片と接していたフイルム面のみ現像処理を行った後にフイルム全体の定着処理を行った。45Caでラベルされた部位の同定は、切片中のカルセインの蛍光分布とオートラジオグラムの両者をCLSMで観察記録し、各像を重ね合せることにより行った。
2)銀粒子密度の計測
45Caの投与5.0秒後における成熟期のSA領域とRA領域のエナメル質への45Caの取り込み状態と細胞層での分布状態を調べるために、Fig.
1に示している部位について銀粒子密度を求めた。計数部位は、乳頭層、エナメル芽細胞層、エナメル質について行った。計数エリアは、10×50μm2とした。乳頭層の計数は、乳頭層に分布している血管が計数エリアに含まれないように設定して行った。エナメル質は、表層から深層に向かって連続的に9つの領域、つまり表層から90μmまでの銀粒子の分布密度の変化について調べた。銀粒子の計数はCLSMで作られた光学的スライス像の合成像をCRTモニター上に表示させて10×50μm2の範囲を設定し、明るさを調節しながら直接モニター上で行った。各部位の計数処理は、一枚の切片から4ケ所を選び、それぞれの計数値から平均値と標準偏差を算出した。
【結 果】
マクロオートラジオグラムを作製するために用いたラット下顎切歯凍結乾燥切片中の血管、乳頭層、中間細胞層、エナメル芽細胞層及びエナメル質等の組織は、カルセインの蛍光分布により明瞭に識別することができた(Fig.
3と5)。成熟期の ruffle-ended ameloblast(RA)領域と smooth-ended ameloblast(SA)領域は、エナメル質に取り込まれたカルセインの蛍光分布(SA領域のエナメル質には強い蛍光が現れるが、RA領域のエナメル質には蛍光はほとんど観察されない)により同定することができた。マクロオートラジオグラムでは、オートラジオグラム用切片の乳頭層、エナメル芽細胞層等の細胞層をエナメル質の表層から切り離して細胞層に分布している45Caの干渉を防ぐことにより、エナメル質への45Caの取り込み状態をより明瞭に示すことができた。
1)基質形成期
Fig. 3の右側には、45Caの心臓内投与したラットの下顎切歯から作製した凍結乾燥切片中の基質形成期における45Caの分布をマクロレベルで示し、左側にはオートラジオグラムを作製した切片のカルセインの蛍光分布を示した。Fig.
4にはマクロオートラジオグラムを作製した切片に隣接した切片から作製した光顕オートラジオグラムを示した。
投与3.5秒後のオートラジオグラムでは、Fig. 3−A2 に示しているように強い放射能が下顎の動脈中に認められるが、乳頭層での放射能はかなり弱い。乳頭層における放射能は、乳頭層の毛細血管と乳頭層細胞の細胞間隙に分布していることが光顕オートラジオグラムにより確認された(Fig.
4−A2)。エナメル芽細胞層では、近位部にわずかな銀粒子が観察されるが、遠位部にはまったく銀粒子は観察されなかった。エナメル質には、マクロオートラジオグラムと光顕オートラジオグラムの両オートラジオグラム共に放射能は認められなかった。
投与5.0秒後のマクロオートラジオグラムでは、動脈中の放射能は更に強くなり、乳頭層の放射能も強くなっていた(Fig.
3−B2)。光顕オートラジオグラムでも同様に、乳頭層の血管中及び乳頭層での銀粒子密度が増加していた(Fig.
4−B2)。エナメル芽細胞層の銀粒子密度は、乳頭層の密度よりもかなり低いが、全層に銀粒子が観察された。その分布密度は、近位部から遠位部に向かって低くなっていた。エナメル質には、マクロオートラジオグラムと光顕オートラジオグラムの両オートラジオグラム共にラベルが認められた。
投与10秒後のマクロオートラジオグラムでは、乳頭層のラベルは非常に強くなっていた(Fig.
3−C2)。エナメル芽細胞層の銀粒子密度は、5.0秒後の光顕オートラジオグラムよりも更に増加しているが、細胞層での分布状態は同様の傾向を示し、近心端側から遠心端に向かって分布密度は低くなっていた。エナメル質のラベルは、5.0秒のものよりも強くなっていた。光顕オートラジオグラムでは、銀粒子の大部分が表層から30μmの範囲内に分布していた。
投与15秒後、20秒後のオートラジオグラムでは、軟組織上の銀粒子の分布状態は、投与10秒後の所見と比べて大きな変化はなかった。エナメル質上のラベルは、経時的に徐々に強くなっているが、ラベルは表層に限局していた(Fig.
3−D2とE2)。
2)成熟期
Fig. 5の右側には、成熟期での45Caの分布をマクロレベルで示し、左側にはオートラジオグラムを作製した切片のカルセインの蛍光分布を示した。Fig.
6とFig. 7には、マクロオートラジオグラムを作製した切片に隣接した切片から作製したSA領域とRA領域の光顕オートラジオグラムを示した。
投与3.5秒後のマクロオートラジオグラムでは、SA領域とRA領域の乳頭層にかすかなラベルが観察されるが、エナメル質にはまったくラベルは認められなかった(Fig.
5−A2)。光顕オートラジオグラムでも同様に乳頭層にわずかな銀粒子が認められるが、エナメル質にはまったく銀粒子は認められなかった(Fig.
6−A2と Fig. 7−A2)。
投与5.0秒後のマクロオートラジオグラムではSA領域のエナメル質に明瞭なラベルが観察された(Fig.
5-B2)。しかし、RA領域のエナメル質には、SA領域で観察されるようなラベルは観察されなかった。エナメル芽細胞層では、RA領域の形成側約2/3の部位が切縁側約1/3の部位よりも強くラベルされていた。光顕オートラジオグラムでは、乳頭層に多くの銀粒子が観察された(Fig.
6−B2)。エナメル芽細胞層の銀粒子の分布密度はSA領域よりもRA領域のが強くなっていた(Fig.
6−B2とFig. 7−B2)。SA領域のエナメル芽細胞層での銀粒子の分布密度は乳頭層よりも低く、エナメル質表層近くで銀粒子の分布密度が少し高くなっているが、全体的に大きな変化は認められなかった(Table
1とFig. 2)。一方RA領域のエナメル芽細胞層の銀粒子密度は乳頭層よりも高く、近心端から遠心端に向かって高くなっていた。エナメル質では、SA領域とRA領域に銀粒子が観察されるが、銀粒子の分布密度及び分布状態は大きく異なっていた(Fig.
2)。SA領域での銀粒子の分布密度は、エナメル質表層で最も高く、エナメル芽細胞層の約4倍であった。この分布密度は、表面から深層に向かって20μm付近から急激に減少し、70μm付近でバックグラウンド程度になっていた。一方RA領
域では、表層から深層まで銀粒子の分布密度は、ほぼ一定でバックグラウンドとほぼ同じ値を示した。
投与10秒後になるとRA領域のエナメル質にも45Caの取り込みが観察され、SA領域よりも強くラベルされていた(Fig.
5−C2)。RA領域では、この領域の形成側約2/3の部位にラベルが現れるが、この部位でのラベルのパターンは一定しておらず、強くラベルさる部位とほとんどラベルされない部位が現れた。このパターンは、使用した実験動物によって異なり、また同一個体でも切片により異なっていた。RA領域のエナメル質への45Caの取り込みは、光顕オートラジオグラムでも同様に認められ、エナメル質中の銀粒子の分布密度は、表層で最も高く深層に向かって減少し、表層から60μm付近でバックグラウンドと同程度になっていた(Fig.
7−C2)。
投与20秒後になると、RA領域の形成側約2/3の部位全てが強くラベルされているが、まだラベルの弱い所がまだ観察された(Fig.
5−D2)。
投与30秒後には、エナメル質上の45Caのラベリング状態は、今までに報告されているようなラベリングパターンが観察された。すなわち、RA領域の形成側約2/3が最も強くラベルされ、次いでSA領域のエナメル質、基質形成期のエナメル質の順にラベルは弱くなり、RA領域の切縁側約1/3の部位ではほとんどラベルされていなかった(Fig.
5−E2)。
【考 察】
オートラジオグラフィーの信頼性は、実験に用いた放射性トレーサーの組織内分布をどれだけ正確に銀粒子の分布として反映させられるかによる。血中や軟組織中に分布しているカルシウムの大部分は水溶性であり、通常の組織試料作製法では大部分が本来の位置から移動や流失してしまうために特別な処理法が要求される。本実験では、この試料作製過程でのアーティファクトを避けるために、全身凍結した実験動物から直接凍結切片を作製し、直ちに凍結乾燥を行ってオートラジオグラフィー用切片とした。オートラジオグラフィーの過程でも同様に乳剤の密着過程でトレーサーが移動するために、水溶性トレーサーのオートラジオグラフィーには、乳剤膜としてストリッピングフィルムを用いる乾式乳剤被覆法が用いられている。しかし、乾燥したストリッピングフィル
ムに凍結乾燥切片を密着することは極めて困難である。我々は、ストリッピングフィルムのかわりに原子核乳剤から作製した厚さ約1μmの乾燥乳剤膜を用いた。この乳剤膜は、呼気を吹き掛けることにより簡単に切片に密着することができ、しかもトレーサーの移動は光顕レベルの観察結果に殆ど影響を与えないほど小さい[43]。また、試料の露出過程でケモグラフィー(化学的偽写真効果)が発生し、オートラジオグラムにアーティファクトを生じる可能性があるが、これは、試料を−80℃中の冷凍庫内で露出することによりほぼ完全に防ぐことができた。光顕オートラジオグラムの観察は、通常光学顕微鏡による明視野観察法や暗視野観察法により行われているが、焦点深度が浅いために異なった焦点面に分布している銀粒子の全てを同時に観察することは困難である。しかし、共焦点レーザー走査顕微鏡を用いることにより異なった焦点面の銀粒子の分布像をそれぞれ記録し、コンピュター処理によりそれぞれの像を一枚に合成して観察することができる。そのため銀粒子の分布を光学顕微鏡よりもより正確に解析することができた。
このような方法をエナメル質へのカルシウムの輸送経路の研究に用いる有用性は、今までに報告されたHRP、ランタンやカルセイン等を用いたトレーサー実験とエナメル芽細胞の近位・遠位の閉鎖堤の観察結果が比較的一致している成熟期の輸送経路について先ず検討してみるのが妥当であると考えられる。成熟期エナメル芽細胞には、細胞遠心端に波状縁(ruffle
border)と呼ばれる膜の嵌入を有した ruffle-ended ameloblast(RA)と呼ばれるものと、そうした構造が消退した
smooth-ended ameloblast(SA)と呼ばれる二種類の形態がある[44−47]。これらの両者はエナメル質上に帯状となって交互に分布し、周期的に形態変化を繰り返している。
今までに報告されたこれらの細胞の形態学的観察結果によれば、RA細胞の細胞間隙は乳頭層の細胞間隙に開放しているが、エナメル質には閉鎖している。一方、SA細胞の細胞間隙は、エナメル質に開放しているが乳頭層の細胞間隙には閉鎖している。HRPやカルセイン等を用いたトレーサー実験では形態学的観察結果を裏付けるように、RA領域の乳頭層からエナメル芽細胞層の細胞間隙に侵入したトレーサーはRA細胞の遠心部の閉鎖堤によりエナメル質への拡散が阻止され、SA領域に拡散している様相が観察されている[5−11]。特に、川本らは[8]カルセインを用いたトレーサー実験によりRA領域からエナメル芽細胞の細胞間隙に侵入してきたトレーサーがSA領域の細胞間隙に拡散し、最終的にSA領域のエナメル質に取り込まれている様相を明瞭に示してい
る。本実験の45Caの投与5.0秒後のオートラジオグラムの定量結果では、SA領域のエナメル質に強い放射能が観察されるが、RA領域ではエナメル芽細胞層に強い放射能が認められるにも関わらずエナメル質には放射能が認められない。この事実は、RA細胞の遠心端の閉鎖堤は、カルシウムに対してもHRP、ランタンやカルセイン等に対するのと同様に
tight であることを示している。
高野ら[48]は、ラットの下顎切歯に Ca-ATPase の失活剤である vanadate の灌流後に45Caオートラジオグラフィーを行い、RA領域のエナメル質へのカルシウムの取り込みが
vanadate により抑制されることを報告している。川本ら[49]は放射性カルシウムと放射性リン酸を用いて、RA領域とSA領域のエナメル質に取り込まれるカルシウムとリン酸の量の変化について調べた結果、リン酸の取り込み量はRA領域とSA領域であまり差がない(1.1〜1.3倍)にも関わらず、カルシウムの取り込み量はRA領域の値がSA領域の約2倍近くになることを明らかにしている。これらの事実は、エナメル質へのカルシウム輸送に細胞が関与していることを強く示唆している。本実験では、乳頭層とエナメル質に放射性カルシウムが認められた時間の差から推定したエナメル芽細胞層をカルシウムが通過するのに要した時間は、SA領域では1.5秒以内、RA領域では
1.5〜6.5秒であった。この時間差は、投与した45CaがSA領域とRA領域の毛細血管に到達するまでに要する時間が異なるために生じた可能性も考えられるが、SA領域のエナメル質よりも早くRA領域のエナメル質に45Caが取り込まれた所見は一度として得られなかった。従って、この時間差は、SA領域とRA領域の輸送経路の違いが反映されてい
ると考えられ、カルシウムがエナメル芽細胞層の細胞間を通ってエナメル質に達するのに要する時間は、細胞内を経る場合に比べて短かいとしてよいであろう。すなわち、本実験に用いた方法によっても、SA領域ではカルセインで示されたように、カルシウムはRA領域の乳頭層からエナメル芽細胞の細胞間隙に拡散し、ついでSA領域の細胞間隙に拡散してからエナメル質に取り込まれており、RA領域では、エナメル芽細胞の間隙に拡散したカルシウムはエナメル芽細胞内に取り込まれ、細胞によりエナメル質に輸送されることが確認された。
基質形成期におけるカルシウムの輸送経路は、成熟期ほど実験結果が一致しておらず、色々な輸送様式が考えられているがいまだに推論の域をでていない。形態学的所見によれば、形成期エナメル芽細胞の遠心端にはよく発達した閉鎖堤が形成されている[2,3]。HRP、ランタン、標識タンパクやカルセイン等を用いたトレーサー実験では、トレーサーの種類により閉鎖堤を通過してエナメル質に侵入する場合と閉鎖堤により侵入を阻止される場合がある[5ー11]。また、これらのトレーサーが細胞間の結合に影響を与える場合もあるために、これらのトレーサー実験で直接カルシウムの輸送経路を確定することはできない。
エナメル芽細胞の Ca-ATPase 活性とカルシウムの分布状態は、エナメル芽細胞がカルシウムをエナメル質に輸送にしている可能性を暗示しているが、Bawden
ら[50] は、摘出した歯胚をヨード酢酸や2-4dinitrophenol により代謝阻害を引き起こさせたり、熱処理により酵素を失活させたり、あるいはエナメル器を剥離した後に45Caオートラジオグラフィーを行ってカルシウム輸送におけるエナメル器の関与を調べ、形成期エナメル芽細胞はエナメル質へのカルシウムの取り込みを抑制していると述べている。川本ら[49]は基質形成期と成熟期のSA部とRA部のエナメル質に輸送されるカルシウムとリン酸の量の変化について調べ、基質形成期のエナメル質に輸送されるカルシウムとリン酸の量はそれぞれSA部の値の約1/3と2/3であり、また、エナメル芽細胞層を通過する
Ca/PO4 比は、血中の値よりも低いことから、形成期エナメル芽細胞はエナメル質へのカルシウム輸送には大きな役割は演じていない考えている。
本実験のオートラジオグラムから得られたカルシウムが形成期エナメル芽細胞層を通過するのに要する時間は1.5秒以内であった。この値は、上述のカルシウムが細胞内を経由してエナメル質に取り込まれているRA領域の値よりも明らかに小さい。RA領域の細胞は、形成期エナメル芽細胞よりも背丈がかなり短いにもかかわらず、このRA領域を通過するよりも速く形成期エナメル芽細胞層をカルシウムが通過するという事実は、形成期には細胞間を通ってエナメル質に取り込まれる経路が存在していることを意味している。
細胞内輸送経路については、本実験結果からは述べることはできないが、エナメル芽細胞層の単位断面積を通ってエナメル質へ取り込まれる45Ca量の経時的変化について調べた別の予備的な実験では、45Caの投与後約14秒まではほぼ直線的に取り込み量は増加していた。もし、エナメル質への輸送経路が細胞間と細胞内経由の2つのものが存在しているならば、エナメル芽細胞層を通過する時間が異なるために取り込み量は直線的とならず、屈曲すると予測される。このことからも基質形成期では、カルシウムがエナメル芽細胞層を通過する主な経路は、一つであり、細胞内経路はカルシウムの主要な輸送経路としては存在していないと考えられる。
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Legends of Table and Figures
{ Sorry, Figures will be installed soon. }
Abbreviations
SA: the region of smooth-ended ameloblasts,
RA: the region of ruffle-ended ameloblasts.
PL: papillary layer,
Am:ameloblast layer,
En: enamel.
Table 1.
The grain density in various areas of the enamel, papillary and ameloblast
layers in the RA and SA regions in the light microscopical autoradiogram
5.0 sec. after an 45Ca injection. The areas are indicated in figure 1.
Fig. 1.
Diagram showing the areas for grain counts. Each region has a unit area
of 10 x 50μm2.
Fig. 2.
Graphic presentation of grain density in table 1.
Fig. 3.
45Ca contact autoradiograms(right) and the calcein distribution(left) of
the lower incisor of 9-day-old rats. The secretory stage area is shown,
and the ameloblast layer was cut apart from the enamel surface with a razor
blade.
A2: 3.5sec. after an 45Ca injection into the left ventricle, B2: 5.0sec.,
C2: 10sec., D2: 20sec., and
E2: 30sec.. High radioactivity corresponds to the shaded area. Bar = 1mm.
Fig. 4.
45Ca light microscopical autoradiograms in the secretory stage. Left one
focused on tissues and right one on silver grains.
A2: 3.5sec. after the 45Ca injection, and B2: 5.0sec.. Bar = 20μm
Fig. 5.
45Ca contact autoradiograms(right) and the calcein distribution(left) of
the lower incisor of 9-day-old rats. The secretory stage area is shown.
The ameloblast layer was cut apart from the enamel surface with a razor
blade.
A2: 3.5sec. after an 45Ca injection into the left ventricle, B2: 5.0sec.,
C2: 10sec., D2: 20sec., and
E2: 30sec.. High radioactivity corresponds to the shaded area. Bar =
1mm.
Fig. 6.
Light microscopical autoradiograms in the SA region. Left one focused on
tissues and right one silver grains.
A2: 3.5sec. after the 45Ca injection, and B2: 5.0sec.. Bar = 20μm
Fig. 7.
45Ca light microscopical autoradiograms in the RA region. Left one focused
on tissues and right one one silver grains.
A2: 3.5sec. after the 45Ca injection, and B2: 5.0sec.. Bar = 20μm