ジャコウネズミ(Suncus murinus)のエナメル質の微細構造について

佐々木千晴,　鈴木久仁博,　小沢幸重　


日本大学松戸歯学部第２解剖学教室
　千葉県松戸市栄町西2-870-1


　　　　　　Abstract

It was studied that the structure and development of enamel in Suncus murinus (Insectivora). The enamel of masticatory faces of cusps were more thicker than others. Many enamel tubules, continuing to dentinal tubules, were frequently observed within 1/3-1/4 layer of the inner enamel by the ground section. The enamel was the prismatic avoid of cervical region. Enamel prisms, surrounded by the interprismatic enamel, run almost straightly from the dentino enamel junction to the enamel surface. Some tubules were filled by the stippled materials and cytoplasm, but others were hollow with the electron microscopy. The fiber structure came from the dentin were observed in those tubules on the etched enamel surface with the scanning electron microscopy. A fiber formed a button-like structure in the enamel. This structure looked like the nerve ending.
On the tooth germ, processes derived from the odontoblast contact to the ameloblast, the other hand, ameloblasts projected many processes from top of Tome's processes. These two kinds of process situated in the enamel tubules.
It is concluded that the enamel tubules were formed by some origins, such as the ameloblast, the odontoblast and others. On the maturing stage of amelogenesis, enamel tubules were　calcified and disappeared, so that it could not be observed in 2/3-3/4 outer enamel tubules.


【はじめに】

　哺乳類の歯の進化に於いてエナメル細管が退縮しエナメル紡錘へと進化したと言われているが(Carter 1922)、その発生学的・機能的意味は解明されていない。エナメル細管をもつ哺乳類の代表的例としては、有袋類と食虫類の一部などが挙げられる。このうち霊長類と共通ないし近縁の祖先をもつと考えられている食虫類の中で、エナメル細管があると言われ(Masuda,et al. 1989)、実験動物化されているジャコウネズミを用いてエナメル質の微細構造について検索した。

【材料と方法】

　試料は、Suncus murinus (Insectivora)の成獣の歯及び胎児より摘出した歯胚である。
　研磨標本は、成獣より抜去した臼歯と切歯を縦断し、中砥・仕上砥で研磨後0.5 % HClで軽くエッチングを加え光顕にて観察を行った。走査型電顕用標本は、下顎骨を離断して包埋し近遠心方向に切断、中砥・仕上砥にて研磨した後、φ2μから順次φ0.25μまでのダイヤモンドペーストにて片面研磨を行い、0.5% HCl で軽くエッチングを加え洗浄・乾燥し、金蒸着して観察を行った。透過型電顕用標本は、胎児の顎を切断して2%グルタール(pH.7.2,カコジル酸緩衝,12時間)浸漬固定後オスミウム酸にて後固定し、エタノール系列で脱水した後エポン包埋し、超薄切片を作成して酢酸ウランー鉛二重染色を行い観察を行った。

　【結果および考察】


　ジャコウネズミの歯式は、I 3/1 C 1/1 P 2/1 M 3/3 = 30 であり、各歯種共に咀嚼面のエナメル質が厚くな
っていた。エナメル質の表層とエナメル象牙境付近の深層、および歯頚部付近などの薄いエナメル質は無小柱エナメル質であるが、それ以外は直走するエナメル小柱と小柱間エナメル質が規則的に配列していた。エナメル小柱が縦断されている部位では、ほぼ等間隔で平行にエナメル小柱と小柱間エナメル質が交互にみられ縞模様のように観察される(図1)。エナメル小柱と小柱間エナメル質のそれぞれ結晶は、どの部位でもほぼ直交するように配向していた。このためエナメル小柱が斜断されている部位では、エナメル小柱と小柱間エナメルは直交するように配列し布の織り目のようになっていた(図2)。咬頭に近い領域となるにつれてにつれてエナメル小柱は、エナメル象牙境から咬頭に向かって急傾斜して走向するが、咬頭と歯頚部の中間部すなわち歯冠中腹ではエナメル象牙境から近くのエナメル質表面に向かってまっすぐに走向していた。　
　透過型電顕的にもエナメル小柱が縦断されている部位では、エナメル小柱と小柱間エナメル質とがほぼ平行となり交互に配列していた。結晶はエナメル小柱と小柱間エナメル質との境界部即ち小柱鞘では小柱鞘に対しそれぞれ一定の角度で対称的に配向していた。しかし、エナメル小柱の結晶は一定の配向を示していたが、小柱間エナメル質の結晶は境界部以外では一定の配向を示さず不規則であった(図3)。歯頚部に近づくにつれて、透過型電顕に於いても走査型電顕像と同様に、エナメル小柱の分布と配列が乱れて徐々に無小柱構造となっていた。
　研磨標本では、エナメル象牙境からエナメル質の厚さの1/3-1/4にかけて、象牙細管からつづいている細管構造が多数認められた(図4)。この細管構造は、咬頭部ではエナメル象牙境に沿いエナメル質表面に向かってまっすぐ細管構造がのび、長いものではエナメル質の厚さ1/2に達していた。エナメル質の厚い部分では、エナメル象牙境から細管構造がほぼ垂直に深層エナメル質の無小柱領域に入り、エナメル小柱に達するとエナメル小柱に沿うようにやや角度を変えて走向していた。エナメル細管には、波状を示すものや分岐するもの、また隣接のエナメル小柱へ横断して曲走するものも認められた(図5)。これらの構造は、光顕と同様に走査型電顕でも線維状として観察され、象牙質から伸びる突起状の構造を示していた。この構造のあるものは隣接のエナメル小柱へ横切って曲走し、先端がボタン状に膨らんだ構造をとっていた(図6)。ボタン状のこのような構造を持った線維は、神経線維(Gunji1982)や有袋類のDiprotodonのエナメル細管などに認められており(Lester and Gilkeson 1989)、エナメル質中に侵入する構造物が象牙芽細胞の突起以外のものも存在する可能性を示唆していると考えられる。
　形成中のエナメル質に於いては、象牙質側から侵入する微細線維を密に含んだ突起すなわち象牙線維と、エナメル芽細胞のトームスの突起の先端から伸び出す突起が、形成中のエナメル質中の細管構造の中に認められた。象牙質側からの突起はエナメル芽細胞層中まで達していた(図7)。しかし、エナメル質全層がほぼ完成したエナメル質では、細管構造がエナメル象牙境付近には多数認められたが、エナメル質表層付近には認められず、細管が石灰化して消失することが推定された。細管構造ほとんどが中空構造であったが一部では内容物を含むものもみられ、これは象牙質側に多く認められた(図8)。このことからエナメル細管中の突起のほとんどは象牙芽細胞などの突起であると考えられる。
　以上のように、ジャコウネズミのエナメル質は発生初期と成熟エナメル質深層に細管構造をもち、その分布、内容物は一様ではなかった。この様な細管構造は象牙質側に多く象牙芽細胞の突起を含むことから象牙芽細胞が関与して形成されると考えられる。しかし、中空の構造が認められたり、エナメル芽細胞の突起の関与によるものが観察されること、ボタン状の突起の存在などは、エナメル芽細胞と象牙芽細胞の関与以外の要素や一度形成された細管が石灰化して消失する可能性を示す。今後は、細管構造が象牙芽細胞およびエナメル芽細胞のどのような相互関与のもとに形成され、どのような機能をもつのか、さらに検討を加えたい。


【文献】


1) K.S.Lester and C.F.Gilkeson:TOOTH EN-AMEL V (ed.by Fearnhead R.W.),116,1989
2) T.Masuda,et al.:Acta Anat.,134,72,1989
3) T.Gunji:Arch.histol.jap.,45-67,Vol.45,No. 1,1982

【図の説明】

{　Sorry, Figures will be installed soon.　}


図1.　
Lower premolar. Longitudinal section of the enamel. A process(arrow) extended from the dentin to the enamel. 　D:dentin

図2.　
Lower premolar. The enamel rod(arro-w) arranged perpendicular to the interprism-atic enamel crystal arrangement(arrow head). D:dentin

図3.　
The enamel rod and the interprismatic enamel are situated alternately on the DEJ. There were many enamel tubules near DEJ area(arrow head).　D:dentin R:enamel rod I:interrod enamel

図4.　
Lower incisor. Many enamel tubules came from the dentinal tubules perpendicul-ar at the DEJ, and changed its course light angle and run along the enamel rod. Some tubules were divergence(arrow) in theenam-el.　D:dentin E:enamel

図5.　
Lower molar. Enamel tubules run along the enamel rods, and some tubules take zigzag(arrow) course or divergence(arrow head) arrangements. 　D:dentin E:enamel

図6.　
Lower molar. A process came into the enamel from dentin, and its ending showed a bulge, so called a‘button-like structure’(arrow). 　D:dentin E:enamel R:enamel rod
図7.　
A odontoblast's process(arrow) closed to a Tomes' process(TP) near the enamel su-rface.　 TP:Tomes' process

図8.　
There were many enamel tubules, so-me were hollow(arrow) and others contains amorphous(arrow head) materials. D:dentin E:enamel