硬組織発生生物学教室では、骨・軟骨・歯などの硬組織における細胞組織学を中心に研究を推進しています。研究内容としては、歯科領域における歯や歯周組織の発生・構造解析だけではなく、骨や軟骨における細胞生物学一般、石灰化のメカニズムと基質蛋白の関与、骨粗鬆症などの骨疾患、先天性骨格異常、血中カルシウム調節因子、また、近年、注目を浴びている骨質についても検索を行っています。以下に研究の背景とテーマを記します。

● 骨代謝に関する細胞生物学

骨の構造はからだの支柱・運動器官として、また血清カルシウム・リンなどのミネラル調節に対応した機能を果たす。ヒトにおいて、活性型ビタミンD、副甲状腺ホルモン(PTH)、カルシトニンは骨からのカルシウム流出・流入調節を、またFGF23は血中リン濃度を腎臓と協調して調節すると考えられている。骨は生体の中で最も基質に富む組織の1つであり、骨基質は内部応力や外からの機械的刺激に対して合理的な高次構造を示すが、一方で、常に新しい骨基質と置き代わるといった代謝が認められる。例えば,成長期の大腿骨では新旧骨組織の交代に2年とかからず、成人の場合で全骨格の3〜5%は常に置き代わっている。このような骨の代謝は骨改造現象(リモデリング)に基づいており、骨芽細胞、破骨細胞、骨細胞などが互いに影響を及ぼし合いながら骨改造を行っている。骨芽細胞は骨形成を担う細胞であり、骨基質蛋白合成と基質小胞を介した石灰化を誘導する。一方、骨芽細胞は自ら産生した骨基質に埋まり骨細胞へと分化を成し遂げるが、骨細胞は互いに細胞突起を介した細胞性ネットワーク(骨細胞・骨細管系)を形成することで骨基質のミネラル維持、力学負荷感知、骨代謝調節などを行う。また、破骨細胞は骨吸収を営む細胞であり、酸と蛋白分解酵素を分泌して骨基質を吸収する。破骨細胞は骨芽細胞系細胞の支持によって形成されるが、その一方で、骨芽細胞の活性や機能に対して影響を与えるとされている(細胞性カップリング)。

関連した研究テーマ

  • 骨リモデリングとカップリングにおける研究
  • PTHまたは活性型ビタミンD投与による骨芽細胞・前骨芽細胞の分化増殖
  • 骨細胞におけるFGF23, sclerostin, DMP-1
  • 骨細胞・骨細管系の構築
  • ステロイド骨症・糖尿病性骨粗鬆症のモデル動物解析
  • NaPi co-transporterと骨軟化症
  • バイオマテリアルと骨再生・骨改造における研究
  • 骨粗鬆症治療薬における組織学的検索


● 石灰化メカニズムに関する微細構造学的検索

骨基質をはじめとする基質石灰化は、骨表面に存在する骨芽細胞(象牙質の場合は象牙芽細胞)が産生・分泌する基質小胞(matrix vesicle)によって開始される(基質小胞性石灰化)。基質小胞内部で形成されたリン酸カルシウム結晶塊はリボン状または針状を示しており、小胞の膜を破って外界に露出すると、球状の集合体(石灰化球:mineralized nodule)を形成するようになる。その後、周囲のコラーゲン細線維に接触することでコラーゲン線維に石灰化を波及してゆく(コラーゲン性石灰化)。基質石灰化は秩序だった過程を示し、石灰化結晶塊の核形成や成長は非コラーゲン性蛋白やプロテオグリカンなどの有機性の調節を受ける。

関連した研究テーマ

  • グラ蛋白と骨基質石灰化の関連について
  • コラーゲン性石灰化の微細構造
  • 石灰化結晶における微量元素(Mgなど)と基質石灰化
  • 骨基質石灰化と骨質について
  • 骨細胞による骨基質ミネラルの調節



● 骨・軟骨・歯・歯周組織の分化発生における解析

軟骨は無血管系の結合組織であり軟骨細胞と細胞間基質からなる。軟骨細胞は骨細胞と異なり、分化初期を除けば細胞突起などによる細胞間結合を示さない。ところが、骨端軟骨における軟骨細胞は、増殖期のある時期になると全ての細胞が一斉に肥大化軟骨細胞へと形態変化し、それに伴って機能もダイナミックに変化する。肥大化軟骨細胞は基質石灰化および血管侵入を誘導する。その後、軟骨への血管侵入によって露出した石灰化軟骨基質に骨芽細胞が定着・基質合成を行うことで、軟骨コアを有する一次骨梁が形成される。このような軟骨から骨への置換による骨化過程を軟骨内骨化とよび、間葉系細胞から直接、骨芽細胞へと分化する過程を膜性骨化という。一方、口腔領域に置いては、歯を取り囲む歯肉、歯槽骨、セメント質、歯根膜をあわせて歯周組織という。これらのうち、歯槽骨、セメント質、歯根膜の三組織は歯小嚢に由来する。歯小嚢とは発生初期において歯の原器(歯胚)を囲む未分化な結合組織である。歯胚が成長するにつれて、歯小嚢の細胞は骨芽細胞、線維芽細胞、セメント芽細胞に分化し、それぞれ歯槽骨、歯根膜線維、セメント質を形成してゆく。歯小嚢の細胞がどのような調節機構の下で上記の細胞へと分化してゆくのかについては、いまだよくわかっていない。セメント芽細胞に関しては、最近、ヘルトビッヒ上皮鞘の細胞が形質転換(EMT:Epithelial-mesenchymal transformation)を起こしセメント芽細胞に分化するという説が提唱されている。

関連した研究テーマ

  • PTHrP, PTH/PTHrP受容体, FGFR3などの分化増殖調節因子の解析
  • 変異型PTH/PTHrP受容体と軟骨異常
  • 骨折時の軟骨形成から軟骨内骨化の検索
  • セメント芽細胞の分化を調節する因子の検索
  • 上皮鞘細胞のEMTに関する研究


● セメント質における形態学的解析

セメント質は歯根象牙質を覆う石灰化組織であり、通常は歯肉と歯槽骨に囲まれ口腔内からは観察できない。有機質の大部分はI型コラーゲン線維で、線維間に少量の糖蛋白質、プロテオグリカン等が存在する。歯根膜主線維の一端はセメント質に、他端は歯槽壁に埋め込まれている。セメント質の最も重要な働きは、この構造により歯を歯槽内に固定、支持することである。セメント質はセメント細胞を含まない無細胞セメント質とセメント細胞を含む有細胞セメント質に大別される。無細胞セメント質は歯根の歯頚側1/2から1/3を覆い、コラーゲン線維のほとんど全てが主線維と連続する外来線維(=シャーピー線維)である。したがって無細胞セメント質は歯の固定と支持に非常に重要である。セメント質の再生を目的とする歯周治療では、無細胞セメント質を再生させるとともに、再生した無細胞セメント質を歯質に強固に接着させなければならない。一方、有細胞セメント質は根尖側に存在し、外来線維の他にセメント質固有の固有線維を含む。外来線維と固有線維の比率は部位によって異なり、外来線維を全く含まないものもある。この種のセメント質は歯の固定・支持よりも萌出や移動による力学的負荷の変化の補正に関わる。

関連した研究テーマ

  • セメント質石灰化に関する形態学的研究
  • セメント象牙境やセメントライン等の硬組織間接着界面に関する免疫組織化学的・電子顕微鏡的研究
  • 有細胞セメント質の線維構築に関する形態学的研究